「純粋美術業界批判」 第三夜 評論家の罪
第三夜 評論家の罪
そもそも「美術評論家」と名乗ること自体が間違いです。
正しくは「美術説明家」であるべきです。
評論家と言う間違ったスタンスからスタートすると
自分のコメントを一つの作品と勘違いしたりすることが起こります。
美術評論家は、作家と美術ファンまたは一般の方に
美術に興味をもってもらうための分りやすい橋渡し役であるべきなのに
「八百屋に行っておいて、魚が無い」的なコメントをして済ましています。
これでは美術ファンを減らす害虫にしかならないわけです。
一方、「美術説明家」となるためには徹底した取材が必要です。
たくさん調べ上げた事実を並べて見せることで
「その画家、その作品」が生まれた必然や環境などを
浮かび上がらせることが出来るでしょう。
これなら美術をより身近に感じてもらう「案内人」となり得ます。
美術評論家その特徴と生態 →
「美は自分にしかわからないような顔をして純粋な一般の方を蹴落とします。」