夏休みの時間割

言葉のスケッチ

今日から夏休みなのか近くの小学校の時報が聞こえてこない。

子供のころ夏休みは大した宿題も無かったので色々な意味で自由だった。

お決まりの宿題『夏休みの友』の表紙をめくると、

時間割りを書き込むページになっていたのを思い出す。

毎年、起床→ラジオ体操→朝ごはん→学習→昼ごはん→自由時間、、、

という風に色分けしながら、「どうせ書いた通りにはならないのに

何でこんな無駄なものを書くんだろう」と思っていた。

実際に、起床→ラジオ体操→朝ごはん までは毎日時間割通りで

そのあとは全部自由時間だった。

高校生の頃、英語のreaderの文章にこんなのがあった。

いつも遅れてばかりいる列車に怒ったお客さんが

「いつも遅れるんじゃ時刻表なんてあっても無駄だ」

すると駅員は「時刻表は便利なものです、これが無かったら

遅れていることすらわからないでしょ」と言うのがあった。

Let’s laugh という単元だったけど笑う前に

小学校の頃の夏休みの友を思い出して何か引っかかった。

大人になって今からそれ程遠くない以前に何かの本で

「何も計画を立てないのは、何もしない計画を立てるのと同じだ」

という言葉を見つけてハッとした。

小学校の頃の疑問、高校生の頃の違和感、に対する答えがそこにあった。

夏休みの友の最初のページにはこう記すべきである。

「何も計画を立てないのは、何もしない計画を立てるのと同じです、

さあ時間割を作りましょう。」

40年前、本質を知らせてもらって始めた夏休みを想像してみる。

やはり、起床→ラジオ体操→朝ごはんまでは計画通りで

あとは全部自由時間になってしまったろう。

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