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世界唯一の白亜地刻描の画家

小学校の頃 その2 (カナヅチ)

Toyofumi Kaneko | 2016 - 10 - 04

紺碧の海、天草育ちの私は小学校の4年生までカナヅチだった。

5年生になりクラス替えと共に担任の先生はO先生に変わり

新しい先生とクラスメイトにすっかり慣れた頃

水泳の時間がやって来た。

教科書どおり教わった通りにやってみても、どうしても息継ぎが上手く行かない。

息継ぎの恰好をしてみても空気はちっとも補給されず

25メートルのプールを泳ぎ切ることが出来なかった。

一学期の終わりには水泳記録会なる催しが学年生徒全員で行われる。

25メートル泳いでタイムを計る日が近づくのは、水泳の時間以上に憂鬱だった。

当日がやって来て自分の順番、いつものように飛び込んでしばらくは良かった。

予想通り、半分を超えた所で息は続かなくなり、平泳ぎで臨んでいた私は

平泳ぎというよりは犬かき、犬かきと言うよりも溺れている様に見えていたと思う。

他のコースを泳ぎきった同級生達はみなプールから上がっているだろう。

水を叩く音は他からは聞こえてこない。

一番端のコースで手足をバタつかせ続ける私の目にはプールサイドに歩み寄って

手の届きそうな距離で「がんばれ、ほらがんばれ金子」大きな声で

手を叩きながら一緒に歩んでくれるO先生が見えた。

その年の夏休みから毎日海に行く様になった。

そして早く泳ぐことは出来なかったけれど

水の上に浮かびいつまでも泳いでいられるようになった。

初めて25mを泳げたあの日とあの時の先生の顔が懐かしく思い出される。

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