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世界唯一の白亜地刻描の画家

今日などは夏の様で

Toyofumi Kaneko | 2016 - 05 - 13

一日の制作を終えてのリラックスタイムにジャズをかけたら

その熱さがしっくり来ない。

今日などは夏の様な暑さで時が経つのが早いのか、

自分の動作が遅くなっているのかわからないけれど

ちょうど良い春を見つけられないまま暦は早五月も半ば。

桜も毎年、いつが満開が判然しないうちに葉桜となり

その緑も日に日に濃くなっている始末。

そう言えば学生の頃、先生が、世の中のっぺらぼうで

境目は見つけられないと仰っていたのを思い出す。

右と左があるけれど、どこから右でどこからが左かと言えば、

そこには無限が口を開けて待っていて未来永劫決められるものではない。

無限と言うと宇宙や時間の流れ等、何だかとてつもなく大きなものを

思い浮かべがちだけど日々の生活のいたる所に在って、

それら無限を孕んだ空間で同居生活しているのが我々人間さんです。

無限探しをしてみると誰でもいくつか見つける事が出来ると思います。

いたる所に在って同居している事はわかったところで

大切なのは、無限が在る事を認識した上で、直接相手をしないと言う事です。

相手をして追いかけてもその分逃げて遠のくのが無限君の性格です。

厄介な性質で人間さんの手には負えないので直接相手にするのは

人生の無駄遣いになるでしょう。   

どうにもならない事を考え悩むのも循環する無限です。

脳にそういう考えのループをあまりやらせるといづれ自分を壊します。

テレビのニュースなどで良くやっている

「○○で事故がありました、原因はスピードの出し過ぎで、、」

なんて言うのも本当は全然原因に迫れていないんだけど、そこで終わりにしてあります。

何でスピード出したかの向こうにはその理由、急がなければならない事が

控えていたはずだし、更にその原因はさかのぼって考えて行けばキリが無く、、

ここにも無限君の姿が見え隠れしています。

 
厄介者の無限君と出会ってしまったら、適当なところで

「じゃ、また!」とやるのがコツの様に思われます。

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