金子豊文の公式サイト|美感のルネサンス

世界唯一の白亜地刻描の画家

価値の変遷と必然と説得力

Toyofumi Kaneko | 2016 - 06 - 17

今から32年前、上京したばかりの私はS美術学院の先生からこう教わりました。

「巨匠たちの若い時の作品と老年期の作品を比べてみれば全然違う様に見えるかもしれない。
しかし描いた全作品を並べてみれば全てがつながっていることが分かるはずだ。
巨匠たちの作品の説得力は何十年という生涯をかけた変遷から生まれるのだ。」

全くその通りだと思いました。

論理のあら捜しをしても否は見つかりません。

そして覚悟しました。

「一枚の絵を制作しその絵が要求する事を次作で描く」

「アイデアに走らない」

「近道しない」

28年前には大学で西江先生に「創造活動は現実からスタートしその価値を変えていきます。
そしてそれは正規の軌道を通って成されます。」と教わりました。

まさしくその通りです。

そして決めました。

「現実を見つめなおすことから再スタートしよう」

毎日大酒飲んで過ごした夜の抜け殻、酒の空瓶をデッサンすることから
再スタートしたのは以前書いたとおりです。→【第9話】計画的お怠け時代

学部2年から3年、4年、大学院1年、2年、そして大学を出てからも

ビンをモチーフに制作を続ける私は色々な問いかけを受けました。

「何でビンなの?」

「ビン以外も描けるでしょ?」

「ビンは売れないと思うなー」

ビンをモチーフにした制作は様々な曲折を経て、輪郭のみになり、

そして何も無くなってしまうまで10年間続きました。

それだけやらなければならない要素が連鎖したわけです。

その後も「一枚の絵を制作しその絵が要求する事を次作で描く」姿勢は続いています。

30年経って振り返ると時々心のどこかからこんな誘惑の声が聞こえて来たのを思い出します。

「面白くも楽しくもないのに何でこんなことをやり続けているの?」

「絵を描くのは楽しくないとおかしいんじゃないの?」

その度に出した結論はいつも同じでした。

「そんなものはクソくらえ。」

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