【第13話】解夏は秋の空気と共に

言葉のスケッチ

夏の間続いた地塗り作業が完了した。

例年より大分多く作った新しい地塗りの画面は、真っ白く象牙の様な触感に磨き上げた。
これまでの処方箋に改良を加えた今年の地塗りはこれからの絵の出来栄えを
確実にもう一段階良くしてくれるはずだ。
具体的には画面の密度感が増し「強さ、鮮度」などのファクターに貢献度が高い。

画用紙を換えたら絵が良くなる?と云う種類のイメージをされた方の為に
別の言い方をすると私の絵の場合地塗りは
手品で言うところのタネにあたると考えていただければ分かり易い。
タネの仕込み方が上手くいかなければ手品は華麗さを欠き
またタネの無い手品は手品として成立してくれない。

夏の間アトリエから出る事なくバルコニーでの研磨作業に日焼けを増して行く私のことを
或る女性が「修行僧の様ですね」と仰った。
仏教で夏の間に行う修行のことを安居といい、その修行が明けることを解夏という。
私の安居は、絵を描かずに制作の火を己の中に灯しつづけることであった。

アトリエに並んだ大小の画面達は、新しい未だ見ぬ絵となることを待っている。
それらの真っ白な佇まいを、見るとも無く眺めていると
急に肌寒くなった空気とは別に身震いする思いである。

関連記事一覧