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世界唯一の白亜地刻描の画家

【第17話】絵の中のかたつむり

Toyofumi Kaneko | 2010 - 11 - 28

夜中に目が覚めたのでそのまま起き出してみた。
静まり返った午前三時の居間に聞こえているのは温風を送るのファンの音だけである。
ネオ君がいつの間にか背中に寄り添っているがこちらのお目当ては
ヒーターからの暖かい風の様だ。
その眠たそうに時折揺れる姿を見ていると、私の生活態度も猫に似ているのかなと思う。
制作していて疲れればそのままアトリエの床に転がって寝てしまうし
朝の二度寝は毎日繰り返される様になって久しい。

そんな私も10年位前には一日18時間制作して3時間睡眠の生活を
半年間程続けたことがある。
余り寝ないで画面に集中し続けるのは阿闍梨修行のまねごとでもあるまいが
絵の為には少しもならないを悟りやめにした。
ついでに思い出したが大酒飲んでキャンヴァスに向かい翌朝
見たこともない絵が目の前にあったのは学生の頃だった。

実感を伴っての自分の答えはいつも際どいところに落ちているので
先の大酒飲んで云々の様に一晩で片付くものは良いが手間の掛かるものも多かった。
修行の如き実践は、その都度、(輪廻、極大、極小)化する無限や限界に
出会うことになるが、実践内容がテーマそのものから離れ無限を相手にし始める
ギリギリの所で、自分を助けあげてやる事が大切だ。
総じて修行の海から余り早くに引き揚げると何も為にならないし
浸かりっぱなしだといずれ自分を壊す。

遅々としたかたつむりの歩みでも人間の一生分の時間があれば海を渡り大陸へ届くという。
続けて小学校の頃先生に「継続する」ことが難しいと聞いたのを思い出す。
テーマ先行即日決行型のわたしの性質とは裏腹に、進んでいるのがわからない程度の歩みを継続する才能を多めに授かったことに今は感謝したい。
そんなことを考えながら目の前に掛けてある「ためらい」を眺めていると
絵の中のかたつむりが進んで見えた。

「ためらい」2010年制作/F6号

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