金子豊文の公式サイト|美感のルネサンス

世界唯一の白亜地刻描の画家

【第20話】半分

Toyofumi Kaneko | 2010 - 12 - 19

最近一つ歳を取った。
三十代の中ごろから誕生日を迎えるごとに「そろそろ人生の半分どころかな、」
と考えるようになった。
それを繰り返していたら今年で45歳、なので我が人生は90年ということになる。
毎年寿命が延びていくこの勘定を90歳になった時にもしてみたい。

半分と言えば思い出したことがある。
私が通った大学の名物教授にM先生と云う方がいらっしゃった。
M先生は生物の授業を受け持たれたが「胎児の世界」の研究テーマと
著書の中にあるように、人間は母親の胎内で受精から生まれるまでの間に
生物の全進化の過程を経て生まれて来ると仰っておられた。
それを母体内での週齢ごとの胎児の様子から学問的に解説してくださった。

これが私の「半分」の考え方とどう連結されるかというと私は物心ついた頃に
生き物としての半分を済ませて発生している様に感じていたのである。
自分がこの世に生まれる前に先の様な時間を経ていることを教示された時に「やはり」と思ったのを思い出す。

また、空間に視線を移せば、全宇宙の大きさは自分の内側の世界と外側の世界を
半分地点として釣り合っている様に感じられる。
以上の様に「半分」は私の視点の取り方のクセなのだろう。

人間は相対的にしか対象を把握できない様に創られていることは
絵に真剣に取り組めば直ぐに画面から教えられる。
同時に捉えることが困難なものとして「無限」が影の様に付いてまわる。
無限には数種類あるがその中で唯一捉えることが可能なのが
「循環」(物語のあるグーチョキパー構造)である。
これを画面の中に美を使いながら作ってやるのが制作の極意であり
古今東西の良い絵はそれぞれの視点からそれを見事に具現化してある。

目の前の画面に視線を戻し、生涯をおって永い私の制作
その現在の到達地点はどのあたりだろうと考えてみる。

きっと半分あたりなのだろう。

言葉のスケッチ|夏ばて中

→【金子豊文・美感のルネサンス 】トップページへ戻る

RSS