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世界唯一の白亜地刻描の画家

ニューヨーク珍道中3日目

Toyofumi Kaneko | 2013 - 12 - 24


10月31日(木)
ニューヨークの治安は1994年に市長になったジュリアーニ氏が警察官の数を一気に
4倍に増やしたことで急速に改善されたそうですが、安全な街中であっても
英語のわからない私にとってはいちいちハードルの高いことだらけです。
マクドナルドへ行って目覚ましに頼んだコーヒーが激甘で出てきたり
地下鉄の切符も駅ごとに紙幣が使えたり使えなかったり。
その中にあって美術館は一度入ってしまえばゆっくりと時間を使える上に
自分の専門分野でもあります。
そういう訳で今日も美術館、今日は近代美術館通称MOMAへ行きます。
2駅だけ地下鉄に乗ってあとはのんびり歩いて行くと修復中らしく
足場に囲まれた大聖堂が見えてきます。
ST,Patrick is open とあるので中に入ってみると荘厳なゴシック様式の教会は
とても居心地の良い空間で長居してしまいました。

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お祈りしている人、観光で訪れた人、私の様に椅子に掛けて一休みしている人、みんなそれぞれに教会の恩恵を受けています。



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大聖堂からNY近代美術館までは目と鼻の先です。

今日も良かった絵を以下にいくつか並べてみます。

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良い絵を揚げたのなら、良くない絵も揚げないとバランスが悪いのでいくつかあげてみます。

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上の絵は有名な作品ですが内容の無い絵の代表格なので上げてみました。
また写真は撮りませんでしたがアンディーウォーホール、ポロック、セザンヌも全滅でした。


良くない絵の事は今まで書いたことがありませんがついでなので少し書いてみます。

内容の無い絵であってもその時代の美術界に影響力がある誰かが持ち上げる事で有名作品となります。
また、社会、思想、政治、宗教、戦争、人種問題など色々な理由により
意味があるとして取り上げられて美が無い作品も美術館に収まってしまいます。
困ったことに一旦美術館に収まってしまうと美しいものとして扱われ
純粋無垢な鑑賞者に対して害を与えしまうことになります。
美術館を訪れる人達は大抵、そこにある作品はすべて美であると思い込んでいますので
作品を見て美しいと感じなければ自分には美はわからないと思ってしまうのです。

これが最大の害です。

かつて、童話「裸の王様」の中で、最高の服を作れなかった仕立て屋は
王様にバカには見えない服を献上します。
街に出た王様を指さして「あ、王様裸だ」と言えたのは子供でした。
一方美術館では美の無い作品は価値の無さを見抜かれないように
美のねつ造説明と権威を身にまとっていますので
子供の様に「美が無い」とはっきり言える人はなかなか居ないはずです。

また一旦収蔵された作品が美術館から外に出ることはまず無いのが現状ですが
私は美術館は常に良い作品を取り入れ、内容の無い作品は吐き出すようにするべきだと考えています。
「美術館にも呼吸をさせてあげるのです」。

流行や、思想や、社会的理由から切り離されて価値があるのは、美そのものです。
作者が意図したものであろうと無かろうと様々な作品が持つメッセージは
美に乗って鑑賞者のもとまでやってこなければなりません。

MOMA ニューヨーク近代美術館にあった絵の中で最も良い絵を以下にあげておきます。
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モネの水蓮(2番目に大きい方)です。

この絵は直接的に無限を相手にしています。
おそらく筆を置く相当前の段階からほとんど画面に変化はなかったはずです。
それでも加筆をしつづけたモネの姿勢は立派なものです。
本人もそのことは承知の上で取り組んでいるのが絵の具の重なり方に読み取れました。




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